石川県白山市・百四丈滝


午前9時。最初は踏跡通りに真っ直ぐ進んだのだが、左から黒滝滝壺へ落ちるルンゼに阻まれた。なんとなく人が登ったような形跡があるのでチャレンジしてみるが、滑りやすい泥の草付が非常に悪く断念。ほかのルートを探す事にする。すぐ手前に戻った所から伸びる小さな尾根には灌木があり、なんとか登れそうだったので偵察に行くと、先駆者の目印を発見、よじ登る事にする(ここには帰りにロープを残置した)。

灌木や笹がある場所はよいのだが、何ヶ所か草付を登る場面では手こずった。なにせ足が滑ったら“奈落の底”へ真っ逆さまなので、緊張して思い切った行動ができない。ザイルを出しながら慎重に登ってゆくので、時間ばかりがかかってしまう。

それでもなんとか登りきる事に成功。踏跡が水平に続いているのを見つけ、それに従って歩くと、ほとんど崖とも言える急傾斜のルンゼへ出た。一瞬ルートを間違えたかと思ったが、笹に赤い目印のテープを発見。どうやらここであっているらしい。

ザイルは出したものの、最初はまだ傾斜もそこそこで比較的楽に下ることができた。だが、途中からほぼ垂直となり緊張が走る。本当にザイルが命綱の状況である。腕の力が尽きて落ちたら、簡単に死ねるだろう。ザイルは二人合わせて60m持ってきていたのだが、ここでフルに使う事になった。つまり高さ60m以上、途中笹をつかんでフリーで降りた所もあるので、80mは降下しただろう。


→高巻きルート図(別ウインドウ)

午前10時30分。命からがら、ようやく河原へ降り立つと、そこはちょうど黒滝の落ち口であった。まっすぐ水平に切れた落ち口が美しいが、このときは無事河原へ降り立った安堵感でいっぱいであり、ゆっくりとそれを眺める心境ではなかった。それにしても、たかだか20mの滝を高巻くのに1時間半もの時間を要してしまった。もちろんルートを探しながら進んだというのもあるのだが、あまりにも危険だったというのが大きい。沢登りの経験豊かな者ならともかく、素人の我々が来る所ではなかったのかもしれないと、この時思った。

精神体力は疲れ切っていたが、滝を目前にして休む気にもなれずすぐに遡行再開。ここからの距離は地図で感じる以上に長く感じた。まだ見えないのか?…そんな苛立ちが強くなってきた頃、ついに長年憧れていた滝が姿をあらわした。

百四丈滝。それは遙かな頭上から落下していた。まだ距離は少しあったが、絶壁を割って落下するそのスケールは圧倒的だった。水がとてもゆっくりと落ちてくるように感じた。それほどの落差があるのだ。早く滝壺へ立ちたい…そんな気持ちからか、自分でも驚くほどの身の軽さで積み重なる大岩を超え、谷を遡り、そして滝壺へ到達した。出発から約7時間半、時計は午前11時を回っていた。

落差90m。滝は落ち口から直に、オーバーハングした岸壁を飛んで落下していた。ここまで大きな、そして完璧な直瀑を日本では他に知らない。落下する瀑水は高さのあまり、途中で霧のようになって落ちている。そのせいか滝音は規模からすれば静かで、滝壺もごく浅い。滝壺へ落下した水は、さらに細かな飛沫となって飛散する。私の体はたちまちのうちにびしょ濡れとなったが、それでもじっと落ちてくる滝を見つめていた。見つめていると目の奥が熱くなって涙が出てきた。滝を見て泣いてしまったのは初めてだった。憧れていた滝を目の前にしているせいもあっただろうが、それ以上の“何か”を感じた気がした。

その後、滝壺周辺を歩き回りつつ写真を撮影した。そして、それ以上にその姿を眺め、目に焼き付けた。その姿を一生忘れることがないように…。滝壺に滞在する事約1時間、とうとう帰る時が来てしまった。もっとゆっくりしていたかったが、これ以上とどまると明るい内に谷から抜けることができなくなってしまう。私は何度も何度も振り返りながら、百四丈滝に別れを告げた。






結局帰りも黒滝を下るのに時間がかかり、その後は岩の上を飛ぶように急いで帰ったものの、入渓地点に戻ったのが午後4時40分。林道を歩いている内に日没を向かえ、結局帰りもヘッドランプをつけて歩くことになってしまった。


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